「ロケット」
(Original Title:The Locket)


出典:Fanfiction.Net
(http://www.fanfiction.net)

作者:Mint(カナダ)
訳者:alpha7

それは、寒く、空が澄み切った冬の夜だった。
星々が小さなダイヤモンドのごとく、夜空に輝いていた。
木々から落ちた葉が、闇の中に浮き出た影の様に見え、光や白い雪が、まるで
やわらかい毛布の様に一面を覆っていたのだった。

16歳の少女が一人、公園のベンチに腰掛けていた。
彼女のグレーのロングヘアは風に流され、肩の後ろでなびいており、無表情の
顔の周りでも髪の毛が踊っていたのであった。
彼女の目は輝いており、色はエメラルドグリーンだったが、どこか視線が定ま
っていなかった。

彼女は突然、静かで、美しい真珠色の空に浮かぶ月を見つめた。
それらは、彼女は自分の中で感じる事の無い事の全てであったのだ。
彼女は月に対して深く、妬ましく溜息をついた。

少女は立ち上がり、最も親しい友人であり、いとこの家の前に立っていた。
無論、どうしてこんな状況で話をしなければならないか、と言う事は良く心得
ていた。
たとえ、あの事を許してくれなかったとしても.....

***

ピンポン

呼び鈴を鳴らすと、大声と急ぐ足音がドアの中から聞こえてきた。
そして、ドアが開くとブラウンのショートヘアの美しい少女が現れた。

「撫子!貴方、こんなに遅く何をしてるの?冷えちゃうわよ!中に入りなさい、
入りなさい。」少女は言った。

「ありがとう、園美ちゃん。」
撫子は丁寧に答えた。そう言うと、彼女は青のコートを脱ぎ、黒い手袋、そし
て、スカーフを取ったのだった。
園美は彼女の手を取り、2階に彼女を連れていったのだった。

2階につくと、園美は撫子を紫の椅子に座らせながら、言った。
「ここに座りなさい、撫子。それで、ホットチョコレートで良かったかしら?」

「うん、有難う。園美ちゃん。」
いとこが部屋を駆け抜けていくと、撫子は部屋の中をゆっくり見て回ったので
あった。

以前から時折、ここには来ていた撫子であったが、園美のコレクションに小物
が増えている様だった。それは、動物のぬいぐるみや、壁に貼られたポスター
であったが。

そんな中で、撫子の目を捉えたモノがあった。それは、緑の花瓶にさされ、パ
ネルに中にある、大きなカーネーションと桜のブーケだった。撫子は長い指を
伸ばし、そのブーケの花びらに触れた。

「何?」撫子は、その言葉にぎょっとして尋ねた。

「それが好きなの、って言ったのよ。つまり、その花がね。」園美は言った。
そして、2つのマグカップと、クッキーがのった皿がのったトレーをテーブル
の上に置いた。

「うん、とっても大好き。」

「うれしいわ。私、貴方の為に、そこにそのブーケを置いといたのよ。」

「園美ちゃんの思いやりだったのね。ありがとう。」

2人は向き合って腰をかけた。2〜3分ほど沈黙が続いた。撫子は自分の考え
を整理する間、ココアをちびちびと飲んでいた。そんな時、園美の方から、そ
の沈黙を破ったのであった。

「撫子、貴方、こんなに遅く私に会いにくるなんて、私に何か言いたい事があ
るんじゃないの?何か悪い事でも起こったの?何時も、貴方が私に何か言いた
い事がある....」

「実はね...」撫子は園美の言葉に割り込んだ。
「私、貴方にどう説明すればいいのか分からないんだけど....言いたい事があ
るの。でもね....わ....私、どうすればいいか分からないの。」
撫子は深く息を吸った。
「私、とっても混乱してるの。園美ちゃん。」
撫子はそうささやき、泣き出したのであった。

「可哀想な撫子....」園美は呟いた。
彼女は撫子の手を取り、頭を軽くポンと叩いた。
「何がいけないのか言ってごらんなさい。貴方が泣く所なんか見たくないわ。」

「私、人を好きになったみたい。」

園美は撫子の方に振り返り、目を見つめて言った。
「何ですって?」

「私、好きになったみたいなの....木之本先生を。」撫子は再び言った。

「何ですって!?」園美はさけんだ。
「あ....貴方とあの人が、恋に落ちたの?」

撫子は自分のいとこの方向に振り向き、自分のスカートのポケットに手を入れ、
中からハート型の金の鎖がついたペンダントを取り出した。彼女はそれを園美
に差し出して言った。
「今日、木之本先生に言われたの。木之元先生、私に『貴方を守りたい』って。」

園美は撫子からペンダントを受け取り、じっと見つめて言った。
「これって....」

「ロケットよ。」撫子が答える。
彼女は下を向いて言葉を続けた。「開けてみて。」

園美はロケットを開けた。そして、金色のロケットの左側に刻まれたメッセージ
を読んでみた。「愛しています。」単純ではあったが、十分なものであった。
そして、右側には美しいカーネーションの絵がはめ込まれていたのだった。
園美は言葉を失った。

「園美ちゃん、お願いだから、何か言ってよ。」撫子が弁解した。
撫子は園美に、このような事はしたく無かった。園美は良く喋る女性だったが、
こう言う事で良く気分を害する事があったからだ。だが、それでもなお、撫子
は園美の助けを必要としていたのだ。

「私には何も言う事は無いわ。」
園美が答える。
「でもね....」園美は頭をかいた。
「でもね....貴方、あの人が好きなの?」

「分からないの。」
撫子が答える。
「どうしていいのか、確信がないのよ。」

「どうして確信がないの?」
園美が尋ねる。

「だって、私、あの人と出会って、まだ間もないんですもの。それに、私、あ
の人の事、殆ど分かっていないんですもの。あの人の過去とか、何が好きなの
かとか。でもね....」

「でも?」

「でもね。私、あの人を見てると、あの人と話していると、みぞおちの辺りに
感じるの。明るくって幸せ、って。こんな気持ち、なんて言うのかしら、園美
ちゃん?こんな気持ち、以前には感じた事なかったもの。教えて、なんて言う
の?」

園美は撫子の美しい顔をジッと見つめた。
彼女の髪の毛は曇った色をしており、背中まで伸びていた。
彼女の目は深いエメラルド色で、ぼんやりと輝いており、肌も輝いていた。
彼女の笑いは----その笑いが撫子に降りかかる災難を取り払っていたのだが、
----園美の答えを待っている間、希望と愛らしさに満ちていたのだった。

「それはね、愛よ。撫子。貴方が先生と会うと感じる気持ちはね。愛なの。」

「愛?本当、園美ちゃん?」撫子はうなずいた。
「私、あの人を愛してる。木之本先生を愛してる。」

園美は頬に流れ出る涙を必死に堪えた。
撫子が幸せになるのなら、彼女は泣く事は無かったからだ。
『強くなるのよ。自分の為じゃなくて、撫子の為に。』
園美は自分にそう言い聞かせた。

園美は、泣きたい気持ちを抑え、撫子に笑いかけた。
大切な撫子を前に、この事を台無しにする訳にはいかなかったからだ。

撫子の優しく高い声が、不安な彼女の気持ちを伝えたのだった。
「園美ちゃん、大丈夫?」

その声に驚きながらも、園美は撫子を見つめた。
「どういう意味?」

撫子は美しい笑いを浮かべた。
「私、園美ちゃんの気持ち、分かっているもの。それに、園美ちゃんには、幸
せになって欲しいし。」

「そうね。貴方が幸せなら。」

「ありがとう。園美ちゃん。分かってくれてありがとう。」

突然、2人共、黙ってしまった。
だが、言うべき事を考えていたのだった。

「それで貴方、これからどうするの?」
園美が尋ねた。

「藤隆さんに私の気持ちを言うわ。藤隆さん、自分の気持ちを私に言った後に、
私の答えを聞くまで待ってくれる、って言ってたし。」撫子は笑い、寝室のドア
に走って行った。そして、階段を下り、クローゼットから自分のコートを取り、
来た時と同じように肩にコートを羽織ったのだった。

「撫子!」園美は叫んだ。「何処行くの?」

「藤隆さんに会いに行くの。自分の気持ちを伝えに。」

「でも、今日はもう遅いわよ!外は真っ暗よ!それに、あの人が何処に住んで
いるのか知ってるの?」

「勿論!心配しないで、大丈夫だから。」撫子はドアから出て行き、道をかけ
て行ったのだった。
「じゃあね!」彼女は叫んだ。
撫子は行ってしまった。本当の愛を探しに行ってしまったのだった。

「グッドラック、私の大事な撫子....」園美は呟いた。
そして、頬に涙が止め処もなく流れ落ちたのだった。

(終わり)




Created by alpha7 at May 31,2002