「気持ち悪い」

アスカの言葉の後の沈黙。
シンジの深い呻き声は止まり、悲しみに満ちたすすり泣きも
静まっていた。
シンジはアスカから離れ、自分の手で顔を覆った、暫くの後、
彼はアスカのまわりに出現した幻に向かって動いていた。
砂に足を取られ、彼の動きを阻んでいた。

姿勢を正し、アスカが見ている空はモヤが掛かった赤いライン
が走っており、暗黒に包まれていた。
不自然にキレイな空気はアスカの顔や喉に当たり、ヒンヤリと
していた。

シンジは声を出さなかったが、やがて、アスカが息をしているの
を確かめた。彼女の胸の上下は静かに止んでいた。
彼女は、ただ上を眺めていたが、何が起こったのか、今だに理解
出来ていなかった。
彼女の視界は除々に狭められており、空の視界は僅かにくすんで
いるだけになった。

「吸って。」
彼女は一度、激しく咳払いし空気を吸い込んだ。
胸が膨らみ、頭を後ろに下げた。彼女の手は胸の上で組まれていた。
そして、彼女は深く息を吸い込んだ。
彼女は立ち上がった。

アスカは包帯に包まれた体を確かめた。
「まだ生きてる....。」彼女は呟き、周囲の状況をかろうじて掴む事
が出来たのだった。
彼女は目を見開き、一変した風景をゆっくりと見渡し、自分の髪に付
いた砂を落とした。
すると、水辺からシンジが彼女に近づいて来た。

アスカは座り込み、自分の方に歩いてくるシンジを見つめた。
彼は黒のズボンとシャツを着ていたが、アスカとおなじ位、だらしの
無い格好であった。シンジは2つに割れたコーヒーポットを手に持っ
ていた。それは、ザッと磨かれており、キレイな水で満たされていた。

シンジはアスカの脇に座った。そして、アスカは彼の口から血が流れ
ているのを見た。彼は、壊れた水差しを差し出した。

「はい、気を付けて。」
壊れた水差しの鋭い縁やギザギザに注意する様、彼は静かに言った。

「有り難う。」
アスカは答え、水を飲み、2人の間に水差しを置いた。
2人は水の波の音を聞き、綾波レイのモノと思われる巨大で砕けた顔
をジッと眺めていた。やがて、水平線から、月が顔を出した。

「今、気分はどう?」シンジは尋ねた。

「良くなるわ。」アスカは答え、しゃがみ込み、膝を抱えて言った。
「シンジ....何が起こったの?」

シンジは自分の頭を抱えて言った。
「僕は....僕は、世界を終わらせたんだ。」

アスカも、同様に下を見て言った。
「そう....。」

<「気持ち悪い」終わり>