「美星事件」第1章
「いざ宇宙へ....って」


[場所:天地の家]

平和な光景であった。
それは、多くの人々が夢見ていたであろう。

その著名な家は、木々が生い茂った丘に囲まれた湖の辺に立っていた。

心地よい微風が吹いており、鳥達がやって来ていた。
そして、空には白く丸い雲が流れていた。

そう、美しい光景であった。

だが、突然の爆発の衝撃が鳥達の沈黙を破った。

その家の2階の窓から黒い煙がモクモクと立ち昇り、更に、叫び声と悲鳴も家
の中から上がったのであった。

別の爆発が起き、更に、黒い煙が窓から立ち昇った。
今度は叫び声や悲鳴が上がらなかったが、別の声が響いた。

まずは女性の声。耳を劈く様な金切り声であった。
「魎呼さん!この散らかり様を御覧なさい!どうして、こんな事が出来るのか
しら?」

更に、別の女性の声。喧嘩腰の声であった。
「ヘン!この事を私のせいにするなよな!鷲羽は私に、これを最大にセットし
たら裏目に出るなんざ一言も言っていないんだからな!」

「魎呼さん、貴方のせいにはしないわ!最初に鷲羽様の研究室から危ない物を
持って来た、と言う事を知っておくべきだったのよ!ウーン。でも、この装置
何なのかしら?」

耳障りな笑いが響いた。
「お前、それが何かも知らないで、私にモノを言ってるのか?」
更に笑い声が大きくなり、
「なあ、お前、こういう事に不慣れなんだな?」

「何ですって?貴方に....貴方にそんな事を言われる筋合いは無いわよ!」

「本当の事だろ?私は特別扱いはしないよ。お姫さん。」

3人目の女性の声が2人の間に割って入った。
「2人とも止めてください!やってしまった事をとやかく言うのは無駄な事です。
いいですよね?無論、やっていないのなら、それに付いて、とやかく言うのは
本当に無駄です。いいですよね?」

だが、2人は声を揃えて言った。
「黙ってろ!美星!」

次は男性の声だった。
「何だ?今度は何やらかしたんだ?」

2人に黙らされた女性は弁解したのだった。
「天地さん。だって、私....私....片付けないと!」

男性は答えた。
「片付け?トイレを吹っ飛ばしたぁ!」

今度は別の女性の声が響いた。今までの声より、遥かに若い声だった。
「夕ごはん、出来たよ!」

柾木家、いつもの通りの1日であった。

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[場所:天地の家]

美星はヒステリックに窒息してしまう程、枕に顔を埋めていた。
その日の騒動が起きたのが早かったにもかかわらず、彼女が恐れて
いた様にお気に入りのTV番組を見逃す....と言った事が無かった
からである。

事実、その番組は面白かった。

マーカスは変わらぬ愛をを告白し、ジャニスは愛を受け入れたの
である。

美星は涙で溢れた目から涙を拭き取った。
人生はいいものだった。

うっとりして居られたのは、彼女の肩に誰かの手が掛かるのを感じる
迄だった。
美星は誰かが「美星殿!」と50回も呼んでいるのに、それを気に留
める事も無かったのだ。

美星は枕から顔を上げると、頭の上に魎皇鬼を乗せた砂沙美が居たの
だった。
「ああ、砂沙美ちゃん!私、貴方に気が付かなかったわ。なあに?」

砂沙美は笑って言った。
「腕時計が鳴ってるわ。」

「ハァ?」
美星は自分の腕の多目的通信機兼犯罪探知機を見つめた。
「まあ!貴方は本当に正確だわ。砂沙美ちゃん!本当に有難う!」

砂沙美は満面の笑みを浮かべて言った。
「どういたしまして。」

美星は笑い返すと、通信機のボタンを押した。
「ハイ?」

通信機からは、雪之丞の取り乱した声が響いた。
「美星殿?1時間以上も呼んでおるのに....何処に行っていたで
ござるか?」

「何?あっ、私は....私は....。」

雪之丞は美星の言葉を遮り言った。
「美星殿、毎週行う太陽系の定期パトロールに出発する時間で
ござるよ。」

「もう?でも、この前パトロールしたのは....」
美星は指折りして日にちを数えた。
「ウーン、1、2、3、ウン?先週!」

雪之丞は答えた。
「正確には、8日前でござる。我々は週に1回、太陽系をパトロール
するのでござるよ。つまり、7日に1回、予定をオーバーしているの
でござるよ!」

美星はその論理に納得し、頷いて言った。
「貴方は正しいわ。雪之丞、すぐ行くから。」

「貴殿の到着を待っているでござるよ。美星殿。」

枕を脇に投げ飛ばすと、美星はジャンプした。そして、砂沙美に言った。
「私、これから太陽系のパトロールに行かなくっちゃ。」

砂沙美は目を輝かせて言った。
「本当に?私も一緒に行っていい?」

魎皇鬼も砂沙美の頭の上で鳴き声を上げた。
「つまり、私達2人も付いて行ってもいい?」

美星は言った。
「さあ、私は分かんないけど....」

砂沙美は答えた。
「お願い!私、ずーっと前からギャラクシーポリスのお仕事、見て
みたかったんだ!」

美星は言葉を止め、そして、言った。
「さあ、私はいいと思うけど、皆の夕ごはんの準備はどうするの?
いない間、皆、困っちゃうよ。」

砂沙美は首を振って答えた。
「ううん、今夜は阿重霞お姉様が夕食当番だもん。お姉様、天地お兄
ちゃんに特別料理を作る、って言ってたし....
魎呼お姉ちゃんにも、謝っとかないとね。」

美星は答えた。
「うん。」
そして、ベルトから白いふんわりとしたボールを取り出し、それを
手で握った。
すると、ピンク色のキューブに変わったのだった。
「さて、これで私は準備出来たわ。貴方もいい?」

「ちょっと待ってて。」
砂沙美はそう言うと、台所に走り、大声で叫んだ。
「阿重霞お姉様、魎皇鬼ちゃんと私、美星さんと出かけてきまーす!
すぐ戻るからねー!」

だが、阿重霞は台所の流しに顔を埋めていたので、答える事が出来
なかった。

砂沙美は美星の元へ走り、もう一度、頷いて言った。
「準備よし。」

「ミャー!」魎皇鬼も同意した。

「よし、行こう!」
美星はピンクのキューブを腰に装着した。すると、3人の姿は消えて
いったのだった。

阿重霞は服や髪にニンジンやジャガイモの欠片を付着させて、台所から
出てきた。
「砂沙美?何処に行ったの?」
阿重霞は周りを見渡した。
「砂沙美?ウーン、どっかに行ちゃったのかしら?」

すると、外で大きな音がした。
阿重霞が急いで外に出ると、美星の宇宙船が夕焼けの空に上って行く様
が有ったのだった。

阿重霞は自分の手で口を押さえて言った。
「おやまあ。」

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[場所:美星の宇宙船]

SFの世界では、宇宙が基本的に広大な虚空の広がり、と言う事
とは無縁の様である。

素晴らしい惑星や、星々の輝き、成長する銀河、等々。

だが、それらを全て想像出来ない程の虚空から切り離して見よう。

宇宙船は、卓越した速度で航行していたとしても、退屈な時間を
長期に渡って過ごす事になるであろう。

では、その間、人々は何をしているのか?

ある者は、その時間にアニメを見ている事であろう。
ある者は、警戒時に備えて、仮想現実のシミレーションの為に、
コンピューターを使っているであろう。
又、ある者はカードゲームに興じている事であろう。

とにかく、宇宙旅行の暇つぶしには多くの方法があるのである。

そして、ギャラクシーポリスの宇宙船に乗り込んだ3人だが、
彼らは連続メロドラマに見入っていたのだった。

砂沙美が言った。
「美星さん?何してんの?」

美星の顔は、ほのかに赤らんでいた。
「ウーン....あの人達、キスしてたわ。」

砂沙美はTVの画面に近づいて言った。
「キスしてた人なんて見てないよ。」

魎皇鬼も頷いて同意した。
「ミャー!」

だが、美星の顔は更に赤くなり、言った。
「そう....あの人達はオクタリア人なの。そして、オクタリア人は
....ウン、あの....」
美星は自分の手で自分の顔を覆い、赤面した顔が更に、赤くなった。
「キャーッ、これは恥ずかしいわ!」

美星は2〜3分程どもり、そして、言った。
「これは彼らが、ただそうしたいだけなのよ。」
砂沙美はその答えに満足したと思われ、再び画面に見入っていた。

美星は椅子と机を蹴っ飛ばし、飛び上がった。
更にコクピットに入った時、自分の椅子に足を打ちつけた。
「オッ!足が!」
美星は足を自分の手で押さえ、飛び跳ね出した。
「オッ!オッ!オッ!オッ!」

椅子に注意を払いながら、砂沙美は尋ねた。
「何が起きてるの?美星さん、大丈夫?」

「ハァ?」
美星は足から目を上げると、警報が鳴り響いている事に気が付いた。
そして、操縦席に座り、尋ねた。
「どうしたの?雪之丞。」

雪之丞は答えた。
「美星殿、センサーが我々の前方に異常なエネルギー渦を探知した
でござる。渦の発生した第167地区第4区域を調査すべきでござ
る。」

「分かったわ。」
美星は砂沙美の方を振り向いて言った。
「砂沙美ちゃん!椅子に座って、つかまるのよ!ギャラクシーポリ
スの出番なんだから!」

「了解!」
砂沙美は明るく答え、コクピットへ走り、椅子に飛び上がった。
「さぁて、始まるわよ。準備はいい?魎皇鬼ちゃん。」

魎皇鬼は鳴き声をあげた。
「ミャー!」

美星は青のギャラクシーポリスの制帽を頭にキチンとかぶり、再度、
操縦席に腰掛けた。
「いいわ、雪之丞。さあ、異....異....異常なエネルギートライアングル
の調査に行きましょ。」

雪之丞は答えた。
「承知いたした!美星殿!」