「美星事件」第5章
「混乱」

[場所:エンタープライズ号・観察ラウンジ]

ピカードは自分の前に座っている上級士官達をざっと見つめて、歩き回っており、
自分の発言の後、意見を述べる事を許可したのであった。
そして、ピカードは士官達に尋ねた。
「それで、我々のゲストに付いて、何か分かった事は?」

まず、機関主任のジョディ・ラフォージ少佐が発言した。
「艦長、あの船を徹底的にスキャンしました。構造的なダメージで大きなものは
無い様に思われます。彼らのオンボードシステムがダメージを受けたサブシステム
の殆どを修理できたので。」

ライカーが尋ねた。
「殆どを?」

ラフォージ答えた。
「そうです。副長。」
更に、ラフォージは足を上げ、壁のディスプレイに船の航行システムの略図を呼び
出した。
「エンジンが致命的ダメージを受けています。こいつの修理は非常に困難です。
と言うのも、彼らの航行システムに使われている素材が非常にユニークなんです。」

ピカードは尋ねた。
「必要な素材はレプリケーターで複製出来ないのか?」

データは答えた。
「艦長、必要な素材の殆どはレプリケーターで複製できます。しかし、幾つかの素材
が連邦の科学で知られている物よりも、遥かに高密度の金属で作られているのです。
それらの金属の複製には、我々がまだ手に入れていない金属が必要になりますし、
基本物質から、それらの金属を複製するのにはワープコアからレプリケーターに相当量
のエネルギーを送り込む事が必要になります。その上、元素を複製する為に、我々は
オリジナルの金属の量子エネルギーのレベルを複製する事が必要になります。しかし、
それらの量子レベルは我々の物とマッチしないのです。」

ライカーが尋ねた。
「私は、全ての金属の量子レベルは同じ、と考えていたんだがな。その様な変化の原因
は何だ?始めに君が捕らえたニュートリノフィールドか?」

データが説明した。
「ニュートリノフィールドは兆候であり、原因ではありません。あの船は最近、次元
ワープしたものと確信しています。それなら、我々のセンサーが最初に捕らえた歪み
の説明もつきますし、同様に、量子エネルギーのレベルが異なるのも説明がつきます。」

すると、ウォーフがぶつぶつと言った。
「すると、彼らはこの次元の者では無いと言う事ですね?それなら、多くの事も説明が
つきますね。」

ライカーが下を向いて言った。
「大尉、まだ痛むのか?」
更に、ライカーはカウンセラー・トロイの方を振返った。
「ディアナ、彼らから感じる物は?」

トロイが答えた。
「彼らからは、如何なる欺瞞も感じないわね。彼らがクルーに害を与える様な徴候も
無いわ。どちらかと言うと、我々より彼らの方が、この事に困惑している様だわ。
特に、他の2人より、ミス美星がね。」

すると、ウォーフが言葉を遮った。
「艦長、センサーはまだロミュランの動きを捉えていませんが、ここで時空混乱に
ついて、どうこう言っているのは馬鹿げています。」

ピカードが言った。
「その通りだな。ミスター・ラフォージ、牽引ビームを発射して、あの船を中立地帯
の外に出せるか?」

ラフォージが答えた。
「可能です。艦長。船はニュートリノフィールドで包まれているので、ビームでフィー
ルドを弱めなくてはなりませんね。それには、ビームの周波数を調整する必要がありま
す。」

ピカードが尋ねた。
「どの位の時間がかかる?」

「10分か、それ以上です。」

ピカードが命令した。
「すぐ仕事にかかってくれ。ミスター・データ、ミスター・ラフォージを手伝って
くれ。」

「分かりました。艦長。」
データは椅子から立ちあがり、ラフォージの後に付いて、ドアから出て行った。

ピカードはライカーの方を振返って言った。
「副長、君の第一印象は何だったのかな?」

ライカーは笑い、そして、答えた。
「説明するのは難しいですね。艦長。」
更に、ウォーフの方を見つめて言った。
「金髪の女性、小さな少女、それに、可笑しな小さな動物。プロの宇宙船のクルーと
呼ぶのは難しいですね。」

ウォーフは歯軋りして言った。
「同感です。特にあの...あの...警官。」
ウォーフはピカードを見つめて言った。
「もし、彼女が典型的な法の番人だと言うのなら、私は犯罪がある、と言う事を見る
のも嫌になるでしょうね。」

ピカードはゆっくりと頷いて言った。
「なるほどな。だが、一人の人間の行動で全体を判断するのは時期尚早では無い
のかな。」
ピカードは立ちあがった。
「ピカードからドクター・クラッシャー。」

「クラッシャーです。どうぞ、艦長。」
その声の後ろですざましい音がし、女性の声が叫んだ。
「おや、まあ!」

ピカードは困惑した様子のライカーを見つめて言った。
「全て大丈夫だな?ドクター。」

「完璧ね。ジャン・リュック。」
ドクターの答えが返って来た。
「ここで一寸したアクシデントが有ったけど。でも、私達がする事は何も無いわね。」
すると、また、すざましい音が響いた。
それを聞いて、ピカードは言った。
「私もそう思うよ。」

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[場所:エンタープライズ号・医務室]

ヴィバリーは溜息をつき、頭をゆっくり振りながら言った。
「美星、貴方が誤る必要は無いわ。あの医療テーブルは古かったし、
何時か交換する必要が有ったから。」

「本当に?」
美星は、壊れた医療テーブルの視覚コンジットを眺めながら尋ねた。
「つまり、私、赤いボタンを全部押したら....」

ヴィバリーは言った。
「大丈夫、って私は言ったのよ。正直なのね。」

壊れた医療テーブルの散らかりに目を背け、ヴィバリーは医療スタッフ
に指示した。
「彼女にマイクロ細胞スキャンを行って。」
少し考えた後、ヴィバリーは付け加えた。
「神経のパターンにも異常が無いかどうか、必ずチェックする様に。」

「分かりました。」
女性の医療スタッフはどこか神経質になって答えた。

ヴィバリーは砂沙美が座っているベッドの方を振り向いた。
砂沙美の隣には魎皇鬼が大人しく座っていた。
ヴィバリーは笑いかけ、自分のトリコーダーを取り出した。
「全て問題無いわね?」

砂沙美は頷いた。
「はい、有難う。」

「ミャー。」
魎皇鬼はヴィバリーをその大きな目で見つめながら、悲しそうな声を
上げた。

「お腹、減ってるのよ。」
砂沙美は説明した。

「あら。」
ヴィバリーは手のひらで、トリコーダーのキーを叩いた。
そして、魎皇鬼の目線に降りて、言った。
「それで、何が食べたいのかしら?」

砂沙美は笑って言った。
「勿論、人参!魎皇鬼ちゃん、人参が大好きなんだもん。」

「人参?地球の人参の事を言ってるの?」

砂沙美は答えた。
「勿論。他に人参があるの?」
砂沙美は魎皇鬼に言った。
「構わないよね。人参をくれるなら、見てみたいわ。」
ヴィバリーはレプリケーターに歩いていき言った。
「コンピューター、地球の人参を3本出して。」
少し間を置いて、レプリケーターはブンブンと音を出し、3本の人参が
現れた。

「さあ、ここにあるわ。ちょうど....」
ヴィバリーが言葉を言おうとした矢先に、魎皇鬼はレプリケーターに
飛び付き、人参をくわえた。
そして、砂沙美の隣に走って戻り、砂沙美が投げる人参をムシャムシャ
食べ始めたのだった。
魎皇鬼はヴィバリーをチラッと見つめ、幸せそうな鳴き声を上げ、もう
一本の人参にかぶり付いたのだった。

「あら....大丈夫みたいね。」
ヴィバリーはトリコーダーを開いて言った。
「さて、魎皇鬼、今度は貴方を調べないとね。」
だが、それも、医務室の反対側で上がった金切り声によって中断させら
れたのであった。
「今度は何?」
ヴィバリーは部屋を駈け回っている美星をスキャン中の医療スタッフの
方を振り向いた。

美星は跳ね回り、グルグルと部屋の中を歩き回っていた。
「ああっ、何処なの?何処に来ちゃったの?」
美星の声は歩き回るピッチを上げて行ったのだった。
「私、迷ってなんかいないわ!そんな事ないわ!」
彼女は自分のポケットを軽く叩き始めた。
「何処なの?」

砂沙美はベッドから駆け下りて言った。
「美星さん!どうしたの?」

ヴィバリーはフライニングタックルが出来る様、準備した。
その方がベストだと考えられたからだ。
「ミス美星!どうか落ち付いて!」
ヴィバリーは叫んだ。
「悪い所があるのなら、言ってちょうだい。貴方を助ける事が出来ると
思うから。」

「悪い?どうした、ですって?全てが悪いのよ!」
美星は叫んだ。
「始めに魎呼さんがTVを見ている最中にトイレをふっ飛ばして、それ
から、別の次元に私達、飛ばされちゃって、そして、私の胸が見られち
ゃって....」

砂沙美が指摘した。
「6人いたのよ。美星さん。」

だが、美星は周りを見ていたので、砂沙美を無視した。
「....それに私、コントロールキューブを無くしちゃった見たい!あれ
がどっかに行っちゃったなんて信じられない!」

ヴィバリーが尋ねた。
「コントロールキューブ?それを探しているの?多分、私達で見つけら
れると思うわ。」

美星はグルグル回るのを突然止めた。
「貴方、そう思う?ああ、貴方は良い人だわ!私がどれだけ....」
美星は言葉を止めると、目がグルグルと回っていた。
「どれだけ....出来る....私....。」

「美星さん?」
砂沙美は美星の隣に歩み寄って尋ねた。
「何?」

「め....めまいがするの....。」
美星はそう言うと、自分の背後に倒れこんだ。

ヴィバリーはトリコーダーを開きながら嘆いた。
「ねえ、彼女、何時もこんな風なの?」

砂沙美はヴィバリーを見つめ、そして頷いた。
「う....うん。」

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[場所:エンタープライズ号・ブリッジ]

ライカーが尋ねた。
「コントロールキューブを取りに帰りたいので、ご自分の船に転送許可
を求めていらしゃる、と言う事ですな?」

美星は恥ずかしそうに言った。
「う....うん。」

ピカードは考えながら、ブリッジを見渡し、そして尋ねた。
「そのキューブの役目は何かね?それが無いと、何か悪い事でもあるの
か?」

美星は体重を足から足に移動しながら言った。
「さあ、それは標準的なキューブですし....貴方達は場所から場所へ転送
する方法を使ってみえるし....物をコンピューターで呼び出す事も出来る
し....」
美星は頭を掻き、そして言った。
「....所で、とても美味しいコーヒーでしたわ。この事、私、言いました
っけ?」

ピカードは脇を向いて尋ねた。
「カウンセラー?」

トロイは静かに答えた。
「艦長、彼女からは欺瞞は感じられません。彼女はキューブを取りに行く
と言う事で必死です。でも、彼女のその願いには悪意はありません。」
トロイは暫く心を集中し、そして静かに、言葉を付け加えた。
「どちらかと言うと、私は保安上の観点から良い事だと考えます。」

ライカーは、注意深くその話を聞いており、そして頷いた。
「彼女にキューブを取りに行かせないと、悪い事が起きますよ。」
美星をチラッと見つめ、そして言った。
「もし、彼女を落ち付かせておきたいのでしたらね。」

ピカードは、その言葉に同意した。
「良い観点だな。副長。医務室での被害を考えれば....」

だが、ウォーフが割り込んできた。
「艦長、通信が入っています。」

ライカーは飛び上がった。
「ロミュランか?」

ウォーフはしかめ面をして、言った。
「いいえ、副長。通信は彼女の船からです。」
ウォーフは、素っ気無く頭を振る美星を指し示した。

「....私、どれだけマシュマロを加えて良いのか知らなかった、ホット
チョコレート....」

ピカードはウォーフの方を振り向き、言った。
「船内には誰も居ないと思っていたのだがな。何かスキャンにミスが
有ったのか?」

データが答えた。
「あの船には生命反応はありません。」

ライカーが言った。
「自動システムの可能性がありますね。ある種のコンピューターか、
中継装置では?」

ピカードは足を上げ、上着は下に強く引っ張った。
「見てみるのが唯一の方法だな。ミスターウォーフ、スクリーンオン。」

メインスクリーンの美星の船の映像が消え、代わりに雪之丞の顔が現れた。
「美星殿!拙者、もう貴殿が見つからんと思ったでござるよ!」

「....それで、船のゴミのコンテナを空にすれば素晴らしいわね。」
美星はしかめ面をした。
「時々、そのゴミが増えるのよね。小さなダストラビットにそれを片付け
させれば、又、良いんだけど....」

「美星殿?」
雪之丞が繰り返した。彼の顔はスクリーン一杯に拡大していた。
「何か問題でもあるのでござるか?」

押さえ付ける様な叫び声を上げ、美星はスクリーンの前へ近づいた。
「何....雪之丞!貴方、私を傷つけたのよ!ウン....どうして、こっちに
来れたの?」
美星はスクリーンから離れた。
「貴方、こんなに大きかったかしら?」

ピカードは美星に歩み寄った。
「美星、誰だ?あれは。」

美星は笑いを浮かべた。
「雪之丞ですわ。私の船のコンピューターよ。どうして?」

ライカーは自分の席に座りながら、疲れた様な溜息をついた。
「コンピューターか。正しかったから、嬉しいよ。」
ライカーはトロイをチラッと見た。
トロイは笑いを堪えるのに必死だった。

美星が尋ねた。
「何?」

雪之丞が答えた。
「美星殿、1時間以上前に、貴殿がこの船から消えてしまったのでござる
よ。センサーがその船に貴殿がいるのを捉えたのでござる。通信システム
の修理に時間がかかり、やっと貴殿にコンタクトが取れたのでござるよ。」
彼は言葉を止め、尋ねた。
「大丈夫でござるか?それと、砂沙美姫はどちらにおいででござるか?」

ピカードは目を上げて言った。
「姫?」

美星は笑い、そして頷いた。
「魎皇鬼と一緒に医務室に居るわ。勿論、魎皇鬼は沢山人参を欲しがって
たけど。」
美星は頭を掻き、尋ねた。
「所で、私のコントロールキューブ見なかった?」

雪之丞は答えた。
「了解、美星殿。ここに有るでござるよ。貴殿が....不意にエンジンを
始動させた時に....」

美星はホッとして溜息をついた。
「私がやったの?偉いわねぇ。えっ、つまりその、偉くない。でも、貴方
が何処にあるか知ってるって事は偉いわね。私、永遠のそれが見つからな
いって考えてたし、私....」

ピカードはゆっくりと頭を振り、自分の席へ戻った。
そして、席のボタンを押した。
「第3転送室、ミス美星をご自分の船のブリッジに、直接転送する様
に準備してくれ。」

「準備できました。艦長。」

ピカードは、彼女の言葉を遮ろうと試みて、言った。
「美星?ミス美星?」

「....もし、それらの一つが無くなったら、本当に悪い事になるし、
それで....」
彼女はピカードの言葉で現実に戻された。
「はい?なあに?艦長。」

「貴方のキューブを取りに行ける様、船に転送する準備が出来ました
ので。」

「貴方が?有難う!本当に有難う。」
彼女はプロらしく見せようとして、キチッとして言った。
「準備できましたわ。」

ピカードは溜息をついた。
「第3転送室?転送しろ。」

転送フィールドが消えると、ウォーフが言った。
「もしかしたら、彼女を向こうに残して去る事も出来ますね。」

ライカーは笑って言った。
「だがな、ミスターウォーフ、彼女はゲストなんだ。彼女を連れ
戻さない、って事は無礼なんだぞ。」

「そうなるでしょうね。副長。でも、又、安全になるって事なん
ですよ。」
すると、ウォーフが叫んだ。
「艦長!ロミュラン船がこちらに接近中です!」

ピカードが命令した。
「非常警報!ミスターウォーフ、シールドを下ろすな。我々は、
ここに救助活動で来ているんだ。それに、ロミュランとの対決は
望んでいないのだからな。」

ウォーフが言った。
「しかし、艦長!」

だが、ピカードが言った。
「命令だ。大尉。スクリーンオン。」
メインスクリーンに、美星の船の反対側からエンタープライズに
接近するロミュラン船が映し出された。
ウォーフが報告した。
「艦長、ロミュラン船が武装し、こちらに照準を向けています!」

ライカーが命令した。
「第3転送室、美星をこちらに収容しろ!」

転送主任が答えた。
「彼女の座標を見失いました。位置が特定出来ません!」

ピカードが尋ねた。
「ロミュランか?」

データはコンソールをチャックし、答えた。
「いいえ、艦長。転送はポジトロンフィールドによってブロックされて
います。フィールドは、ロミュラン船から発生したものではありません。」

ピカードが尋ねた。
「では、誰だ?」

データが間を置いて答えた。
「妨害は美星の船の'何か'から発生しています。」

ライカーはピカードを見つめて言った。
「一体全体、ここで何が起きているんでしょう?」

ピカードはコムリンクを押した。
「ピカードから機関室。ミスターラフォージ、転送をブロックしている
フィールドを突き破る事は可能か?」

ラフォージが答えた。
「可能だと思います。艦長、あの船に広範囲スペクトルでランダム周波
の牽引ビームを照射出来れば、転送が可能になるでしょう。船への被害
も最小限に食い止める事も必要ですが。」

ピカードが尋ねた。
「それが可能になるのに必要な時間は?」

「すぐに出来ます。艦長。ボーグとの闘いに使用したものの一部を改造
しました。ビームエミッターは準備してありますし、彼女の船に向けて
照準を合わせてあります。エミッターの調整も完了しています。」

ピカードは言った。
「宜しい。ミスターウォーフ、美星の船に座標をロック。」

「分かりました。」
ウォーフはコントロールパネルを操作した。
「牽引ビーム、準備できました。」

「第3転送室、美星をこちらのブリッジに、直接転送する様、準備
しろ。」
ピカードは足を上げた。
「ミスターウォーフ、牽引ビーム発射。」

「牽引ビーム、発射しました。」
ウォーフが報告した。
「艦長、ロミュラン船から通信が入っています。」

「待たせておけ。」
ピカードが命令した。
「転送室?」

転送主任が答えた。
「位置が特定出来ました。これより、転送します。」

メインスクリーンの前に転送フィールドが形成された。
だが、突然、フィールドが大きく広がった。
転送主任が叫んだ。
「艦長、何かの....。」

すると、フィールドはパッと膨らみ、消えてしまった。
ピンクのキューブのみが宙で実体化し、ブリッジの床に転げ落ちた。
そして、転送主任の声がブリッジに響いた。
「艦長、彼女を見失いました。」

<第5章終わり>