「美星事件」第6章
「彼女はどちらに行ったのか?」


[場所:鷲羽の研究室]

鷲羽は「次元間及びサブスペース移動物質スキャナー」(略称:ISSTMS)のコント
ロールを操作しながら、鼻歌を歌っていた。
彼女は次元マトリックスを通じて、美星がくぐり抜けた時空の歪みを見つけていた
のだった。
そして、鷲羽は4つの次元に歪みの出口が見つけようと範囲を狭めていった。
しかしながら、同じような力により、偽のエコーや、ゴーストイメージ、そして、
それらが作り出す多くの厄介モノにより、彼女のスキャンは妨害されていたので
あった。
妨害は明らかに知性生命体の仕業だった。そして、鷲羽は自分の根気が試されて
いるのは馬鹿らしい、と言う事を不思議に思い始めていたのだった。

「彼女の位置の特定するには、ベターな方法を取らなきゃならないね。」
鷲羽はブツブツ言った。
彼女はギャラクシーポリスの船に使用されている金属の形跡を4つの全ての次元に
渡ってスキャンしていた。だが、見えない敵によって発生している妨害は消えな
かった。
ISSTMSはもはや限界であり、限界を超えつつあった。
「彼女が次元間ビーコンと送受信ユニットを持っていれば良いのにね。」
鷲羽は溜息をついた。
「何、言ってるんだろ?彼女、その働きを知っている訳無いし、ましてや、使用法
なんて知ってる訳無いわね。」

研究室の隅から、鈍い大声が上がり、鷲羽は優しく笑いながら、腰を上げた。
「魎呼、貴方、努力する、って事から逃げようとしてるのね?貴方、私との思考
リンクを邪魔しているんだから。」

又、別の大声が上がった。今度のは一層悪意に満ちたものだった。
「貴方、自分の母親に何て事言うの?貴方の口を塞いどくのが良かったかな。そう
した方が、貴方が何を言いたいのか、分かるんだけど....」

鷲羽は静かに腰を下ろし、トラックボールのコントロールを弄んでいた。そして、
魎呼の喧しい声を聞きながら、ISSTMSのデータを眺めていた。
すると突然、彼女に考えがひらめいたのだった。
「勿論!美星のコントロールキューブよ!」

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[場所:エンタープライズ号・ブリッジ]

ライカーは慎重に歩き、ピンクのキューブを拾い上げた。
「何が....何が彼女に起きたんでしょう?」

彼は、ターボリフトのドアが開いた方向を振り返った。そして、ジョディ・ラフォ
ージがブリッジにやって来たのだった。
「ジョディ、何が起きたんだ?」

「私も知りたいですよ。副長。」
ジョディは機関セクションの方向に振りかえった。
「コンピューター、機関室のコントロールから、こちらにデータを転送してくれ。」
彼は腰を下ろし、仕事を始めた。
「彼女が再物質化する前に、転送フィールドに短時間のエネルギー波が認められま
した。現在、エネルギー波の原因の特定を試みています。」

ウォーフが言った。
「艦長、ロミュラン船から再度、通信が入っています。」
彼は、笑いを浮かべ、ピカードを援護しようとした。
「彼ら、扇動する気の様です。」

「これは、全ての出来事が余りに早急だな。」
ピカードは溜息をついた。
「ミスターウォーフ、スクリーンオン。」

メインスクリーンに女性のロミュラン士官が映し出された。
「連邦の船に警告する。私は、ロミュラン戦艦エヴァシュの艦長、キラだ。お前達
は条約に違反して中立地帯に侵入している。我々は、お前達がただちに退去する事
を要求する。」

ピカードは立ち上がり、スクリーンに歩み寄りながら、上着を下に引っ張った。
「私は、USSエンタープライズの艦長、ジャン・リュック・ピカードだ。我々が
中立地帯に入ったのは、遭難船救出の為だ。」
彼は言葉を止め、
「この出会いは平和的に解決したいのが私の希望だ。艦長。」

「そうありたいものだ。」
キラは冷ややかに言った。
「もし、お前達がただちに中立地帯の連邦側領域に退去すればの話だが。」

ピカードは振り向き、喉元で指で宙を切った。
ウォーフのは頷いて答えた。
「音声を切りました。艦長。」

ピカードはライカーとトロイに尋ねた。
「意見は?」

ライカーは答えた。
「我々はクッキーのビンの中に手を突っ込んでいる様なものですね。それに、彼ら
が他の方法を考え付くなんて事は有りそうにありませんから。」
トロイは頷いた。
「キラ艦長はとても緊張しています。又、我々に対し、彼女が強い嫌悪感を持って
いる事も感じています。彼女はあらゆる暴力による挑発に反応するでしょう。」
ライカーが言った。
「そうなると、彼女は我々を嫌っていると?ウーン。もし、彼女が挑発を感じ取っ
ても、向こうから発砲してくる、と言う事はあり得ないのでは?これはとても良い
事の様ですね。」

ピカードは答えた。
「同感だな。我々は別の意味で不利な訳だ。我々が平和的な解決が出来る事が、私
の唯一の希望だからな。」
彼はウォーフを見つめ、頷いた。
「音声を入れました。」
ピカードは姿勢を正した。
「キラ艦長、我々は貴方の立場を理解する。もし、貴方が我々に船を修理する時間
を与えてくれたら....」

だが、キラは怒って言った。
「いや。お前達は条約に違反し、中立地帯に侵入している。お前達はただちに退去
せねばならない。さもなくば、侵略と見なす。」

ピカードは意地悪に説明した。
「貴方も同様に中立地帯に侵入しているのではないか。艦長。この小さな誤解が
我々と貴方達との全面戦争になるのを、私は回避したいからな。」

「脅す気か?艦長。」キラは用心して尋ねた。

「意見だよ。」ピカードは答えた。

キラ艦長は暫くの間、言葉を止め、考えた。そして、何か言おうとしたが、彼女の
副官が彼女の隣に歩み寄り、彼女に耳打ちしたのだった。
キラの目は少しばかり大きく開かれ、そして、頷いた。
「ピカード艦長、私は....貴方の言われた事を考慮したい。今、一寸した問題を抱
えているのでな。」
そう言うと、スクリーンから消えていった。

ピカードは振り返った。
「何か有ったのか?」

トロイが答えた。
「何か悪い事ですね。彼女に言われた事が何であるにせよ、それが彼女を驚かせて
いますね。」
ライカーが言った。
「何か驚くべき様な事が有ったんでしょうね。」
そして、ピンクのキューブを手の中で回しながら、しかめ面をした。
「彼らが考えてもいなかった様な....」

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[場所:ロミュラン戦艦エヴァシュ・尋問室]

「お前への質問はこれが最後になるぞ。」
ロミュラン士官は吐き捨てた。
「お前、何故、この船に乗っているんだ?」

「知らないわよォ!」
美星は泣き言を言った。
彼女の声は言葉を出す度にピッチが上がって行った。
「私は自分の船に居たのよ。そしたら、雪之丞が他の船が近づいてる、って
言ったのよ。それで、私、お茶を一杯出して、飲もうとしたの。何故か、って
言うと、お茶は何時も私をリラックスさせてくれるからなの。それに、今日
は本当にストレスが溜まってたし、私のキューブは正常に動かないし....
そしたら、エンタープライズが私を転送して収容する、って言って来たのよ。
付け加えとくと、転送って本当に不思議な感覚よねー。一種、ソーダ水の
お風呂に入った様な感じね。でも、実際に入った事は無いんだけど、もし、
実際に入ったら、それと同じだって賭けても....」

「もういい!十分だ!」
ロミュラン士官は、自分の耳を平手打ちして、叫んだ。
すると、尋問室のドアが開き、艦長のキラが入って来た。
「こいつか?侵入者は。」

美星の尋問官はキラに歩み寄って言った。
「はい、艦長。貨物室に居る所を発見しました。」
そして、美星をチラッと眺めた。
「その上、非常に非協力的です。」

「分かった。」
キラは美星の方を振り返りながら、目を細めた。
「私はキラ、ロミュラン戦艦エヴァシュの艦長だ。貴様の名前は?」

「美星....です。」
美星は唾を飲み込んだ。

「ホゥ....美星、ねぇ?」
キラは、他の士官をチラッと眺めた。
「それで、貴様、ここで何をしているんだ?」

「知りませんわ。」
美星は優しく言った。
「この方にも申し上げましたけど、私は自分の船に居たのよ。そし
たら、雪之丞が他の船が近づいてる、って....」

キラは彼女の言葉を遮った。
「貴様、連邦のスパイだな!」

「スパイ?勿論、そんなんじゃ....私はギャラクシーポリスの一員
ですわ。」

「ギャラクシーポリスの一員だと?」
キラは言葉を吐き捨てた。
「何だ?その馬鹿げたのは?」

「第1級刑事ですわ。もし、お望みでしたら、それを証明いたしま
すわ。」
すると、美星が指摘した。
「ねえ、どなたが仕立てられたの?私、貴方の衣装、とっても大好き
ですわ。」

「嘘をつくな!センチュリアン!」
キラは叫んだ。
すると、2人のセンチュリアン(兵士)が部屋に入って来た。
「このスパイを営倉に連れていけ!真実を話すようになるまで、閉
じ込めておけ!」

「い....いやァ、私、本当に貴方の衣装が大好きなのにィ!」
美星は連行されながら言った。
「正直に言ったのよォ!」

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[場所:エンタープライズ号・ブリッジ]

ピカードはドアが開いたターボリフトの方向を振り返った。
すると、ヴィバリーが元気にブリッジに入って来たのだった。
間も無く、ヴィバリーに続いて砂沙美が入って来た。
砂沙美は驚きで目を大きく見開いていた。

ピカードは立ち上がり、自分の上着を下に引っ張った。
「ああ、ドクター。会えて嬉しいよ。」
彼は、ヴィバリーに同行している少女の方向を振り返った。
「そして、こちらが砂沙美姫と言う事だな。」

ヴィバリーは頷き、砂沙美の方向に振り返った。
「砂沙美、こちらがピカード艦長よ。」

砂沙美は目を大きく見開き、礼儀正しく、頭を下げた。
「これ、おじさんの船なの?」
そう言うと、周りに見とれていたのだった。

「私は指揮を取っている一人に過ぎませんよ。」

ピカードはそう答え、笑った。
「貴方のもう一人のお連れさんは何処ですかな。何て言ったかな?」

「魎皇鬼ちゃんの事?食事中よ。」

「食事中?」
ピカードはヴィバリーに疑問の眼差しを向けた。

笑って、ヴィバリーが答えた。
「医務室でダウンしてますわ。レプリケーターにも検査が必要です。
余りにも人参を欲しがった為、と思われますが。」
彼女は言葉を止め、そして、言った。
「実は、余りにも沢山の人参を欲しがったんです。それで、お腹が
出てるのを恥ずかしがっている様ですわ。」

ライカーは笑った。
「上手く行けば、もう、人参を作り出そうとはしないな。」

「なるほど。」
ピカードは思いにふけり、砂沙美を見つめた。
「砂沙美、我々は一寸した謎を抱えているんです。それで、我々は
貴方がこの事態に一条の光を与えてくれる、と言う事を希望してい
ます。」
彼は指揮官席の方向へ歩いた。
「腰を下ろしたら如何ですか?」

砂沙美は、少々しかめ面をして、頷いた。
「何を知りたいの?」

ピカードはライカーをチラッと見つめた。ライカーは頷き、砂沙美
の元に歩み寄った。そして、彼はピカードの席に彼女を抱き上げた
のだった。
「美星は何かを取りに行こうとして、自分の船に転送されたんだ。」
彼はピンクのキューブを取り出して言った。
「彼女が取りに行きたかったのは、これだ、と我々は考えている。」

砂沙美は頷いた。
「これ、美星さんのキューブだ。でも、どうして、これを貴方が持
ってるの?」
彼女は回りを見渡した。
「それで、美星さん、何処にいるの?」

「分からないんだ。」
ライカーが認めた。
「転送中に何かが起きてね。それで、彼女は再物質化出来なかった
んだ。これだけが戻って来たんだよ。」

「それって、美星さん、死んじゃった、って事?」
砂沙美は震えた声で尋ねた。

「いいえ。」
ディアナ・トロイが言った。そして、前に歩み出た。
「でも、このコントロールキューブが彼女が消えてしまった事と、
何か関係があると思うの。」

「その通りだ。」
ライカーが付け加えた。
「このキューブが、どのような働きをするのか教えてくれないか?
何が起きたか正確に分かれば、君は我々の助けになる。」

砂沙美の視線は、ライカーから、ディアナへ、そして、ピカードへ
と移っていき、ライカーの元へ戻った。
「私も助けになりたい。でも、私、キューブの働きを本当に知らな
いの。」

ライカーは自分の顎ヒゲを撫ぜ、そして言った。
「じゃあ、これが何か教えてくれるかな?」

「本当に知らないの。」
砂沙美は優しく答えた。
すると、突然、彼女の声が明るくなった。
「雪之丞!雪之丞に聞く事は出来るわ!彼なら知ってるわ。」

「雪之丞?」
ピカードは言った。
「彼女の船のコンピューターの事ですかな?」

「うん、うん!」
砂沙美は幸せそうに頷いた。
「彼なら教える事が出来ると思うわ。」

ピカードはウォーフを見た。
「大尉、ロミュラン船の状況は?」

ウォーフはコントロールパネルをチェックした。
「変化ありません。艦長。」

「宜しい。」
ピカードは頷いた。
「美星の船に通信を繋げ。」

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[場所:ロミュラン戦艦エヴァシュ・営倉]

「ねえ?ねえ!」
美星の金切り声が営倉から響いた。
「私、トイレにいきたいんですぅ!どうか、ここから出してぇ!」
フォースフィールドの向こうを眺めながら、美星は下唇を噛み締
めた。
「皆、何処に行っちゃったのかしら?」
彼女は大声を出して不思議がった。
「どうして、あの人達、私をトイレに行かせてくれないのかしら
ねぇ?」

彼女は独房の中を見渡した。
すると、遠くの壁にはめ込まれた、小さなパネルが目に入った。
それには、彼女が理解できない様なシンボルマークが描かれてい
たのだった。
パネルに歩み寄ると、彼女はその前で少しばかりかがみ込み、
それを押した。
カチッと音を立ててパネルが開いたので、彼女は叫び声を上げた。
すると、そのパネルの据え付けが折れ、床に落ちた。

「おや、まあ!」
彼女は呟き、パネルの中の穴を覗き込んだ。
そこには、沢山のケーブルやコンジット、そして、色の付いた
キューブがあり、同じ様に4つのボタンの様な物も有った。

「私、これが何か知ってるわ!」
美星は幸せそうに言った。
「アカデミーでのユーティリティコントロール見たいなもの
よね。」
彼女は少々しかめ面をして、言った。
「でも、浴室へのドアはどっちなのかしらねぇ?」
彼女は心を集中して、目を閉じた。
「おっと、私、決して選択問題の出来は良くなかったんだわ!」

目を閉じたまま、美星は言った。
「どれにしようかな、神様の言う通り!」
彼女は3つ目のボタンを押した。
何も起きなかった。

「これかな!」
彼女は言い、1つ目のボタンを押した。
何も起きなかった。

「これかしら?」
2つ目のボタンを押した。
何も起きなかった。

「これなの?」
彼女はすすり泣いて、4つ目(これが最後)のボタンを押した。
シュウシュウと鈍い音がし、独房を封じていたフォースフィールド
が消え、回りが暗くなった。
彼女は腹に圧迫感を感じており、独房の外に歩み出て、廊下に出た。
そして、回りを見渡した。
「ねえ?ねえ?誰も居ないのォ?」
答えは無かった。
「私の為に、トイレを見つけて見なさい、って事だと思うわ。」
そう言うと、彼女は歩き出したのだった。

<第6章終わり>