「美星事件」第7章
「美星式、大混乱」


[場所:エンタープライズ号・ブリッジ]

「サブスペース中の保管マトリックスにアクセスする為には....」
ジョディはメインスクリーンをチラッと見つめた。そこには雪乃丞が写っていた。
「それが整流されたポジトロンビームによって引き起こされた、と言う訳だな?」

「その通りでござる。」
雪乃丞は答えた。
「注意すべき点は、特定された位置の共鳴周波を合わせる事でござる。」

「それなら説明出来るな。」
ジョディはピカードの方を振り返りながら言った。
「美星はサブスペースマトリックスの1つにアクセスしようとしたに違い有りま
せん。センサーが物質ストームからポジトロンの爆発を捉えていました。」
ライカーの後ろに立った砂沙美はゆっくり頭を振った。
「何も出来ないなんて、悔しい....」
ライカーは笑い、慰めの為に砂沙美の肩に手を置き、ジョディに尋ねた。
「それで、美星に何が起きたんだ?」

ジョディは言葉を止め、そして、再び言った。
「確信は出来ないんですよ。言える事は物質ストームはそのまま残っていると言う
事です。その為、彼女は一部分が再物質化されました。どこで、とは明らかでは無
いのですが。」

ピカードはゆっくり頷いた。
「ミスターウォーフ、我々のセンサーは、この区域で彼女の痕跡を捕らえたか?」

「いいえ、艦長。」
ウォーフは答えた。
「しかし、センサーがエヴァシュのシールドと武器に変動を捉えています。」

「どんな種類の反応だ?」
ピカードは尋ねた。

データが振り返って言った。
「エヴァシュのパワーシステムがアンバランスであるとの反応が出ています。それ
により、エヴァシュの武器は作動不能になっています。」

「キラ艦長は気が散っていると思いますね。」
ライカーが言った。

「その通りだな。副長。」
ピカードが答えた。
「だが、何でそんな事が起きたんだ?」

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[ロミュラン戦艦エヴァシュ・ブリッジ]

キラ艦長はブリッジに突進してきた。ブリッジは点滅する光で一杯だった。
キラは副長のマリクの方に振り返った。
「どうした?マリク。」
彼女は唸った。

「主要動力分配システムがダメージを受けています。艦長。」
彼は答えた。
「パワーが幾つかのシステムに集中した為、ダメージを受けました。反応炉及び光子
魚雷発射装置がダウンしました。」

「それで、シールドは?」

「辛うじて、作動中です。ダメージの原因を突き止めようと試みています。」
彼は船の略図が映し出されたメインスクリーンを指差した。
「ダメージは第6デッキの動力中継機で発生したものと思われます。」

「第6デッキ?そこには....」
キラは呟き、目を細めた。
「あの連邦のスパイは、まだ独房に居るのか?」

「内部センサーが機能していません。艦長。」
マリクは近くのインターコムに歩み寄った。
「第2地区に告ぐ。囚人について報告せよ。」

「分かりました!」
狂乱した声が返って来た。
「囚人が脱走しました!」

「何?!」
キラは叫んだ。
「そんな事がどうして可能なんだ?」

「どうやらアクセスパネルをこじ開けた様です。艦長。」
保安部員は答えた。
「あの女、フォースフィールドを消しています。その為、他のシステムにダメージを
与えました。」

「分かった。」
キラはマリクに言った。
「保安部に告ぐ。艦内に侵入者がいる。隠密に行動しろ。侵入者は目立たぬ様、脱走
したものと思われる。どんな犠牲を払っても、その女を捕らえよ。もし、女が抵抗し
た場合は....」
キラは笑いを浮かべた。
「殺せ。それは各人の判断に一任する。」

「内部センサー無しでは、足で見つけ出さねばなりません。」

「それが最善の方法と思うならそうしろ。」
キラは唸った。
「今すぐにだ。」

「ただちにそうします。艦長。」
マリクは答え、ターボリフトに足を向けた。

キラはメインスクリーンに振り返りながら、歯軋りをした。
「あの連邦の工作員を甘く見ていた様だな....あの女、私が考えていたより、余程
賢い奴だ。」

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[ロミュラン戦艦エヴァシュ・通路 --> 同・ターボリフト]

「あの人達、トイレが必要な時に見つからなかったら、どうするのかしらねぇ?」
美星は足をクロスして立ち、顔に涙を流しながら言った。
「見つけるのが難しいのなら、サインか何か出しとけばいいじゃないの?」
美星は誰も居ない通路を眺めながら、嘆いた。
「皆、何処に行っちゃったのかしらねぇ?聞く人が居なかったら、どうすれば良い
のよォ?」
美星は通路の端のドアを見つめた。足をクロスしたまま、そちらの方向に走って行
った。

ドアが開くと、そこはターボリフトだった。中に入りながら、美星は回りを見渡し
たのだった。
「これ、エンタープライズのと同じエレベーター見たいだわ。」
彼女は、頭をかきむしった。
「あの人達、どうしてたっけ....ウーン....コンピューター?ねえ、コンピュー
ター?」

「目的地をどうぞ。」
機械的で、性別のハッキリしないモノトーンの声が答えた。

「私、トイレに行きたいの!」
美星は口走った。

「その様なデッキ、又は、セクションは有りません。再度、目的地をどうぞ。」

美星は、目をパチクリとした。
「トイレ!トイレに行きたいの!」

「その様なデッキ、又は、セクションは有りません。再度、目的地をどうぞ。」

「再度、目的地?分からないわ。私はトイレを見つけたいのよ!」
彼女はすすり泣き始めた。
「どうしてトイレの事、分かってくれないのよォ?」

「その様なデッキ、又は、セクションは有りません。再度、目的地をどうぞ。」

美星は自分の手を頭におき、前にかがみ込んだ。
「ああ、私、もう駄目。」
そして、頭を後ろの壁にぶつけた。
「痛い!」

「手動入力が可能になりました。」

ターボリフトが動き出したので、美星は目をパチクリとさせた。
「何?で、でも、私、何もしてない....」
美星は自分の頭を打ちつけた壁をチラッと眺めた。
そこには....カバーの付いたボタンのパネルが有った。
「あら....私がそうしたのねぇ。」

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[ロミュラン戦艦エヴァシュ・ブリッジ]

「第1から第7デッキまで、捜索が完了しました。艦長。」

「あの女は見つかったのか?」
キラは尋ねた。

「いいえ、艦長。今、第8デッキを捜索しています。」
キラはインターコムを押した。
「機関室!内部センサーが再び使用可能になるまでの時間は?」

「15分か、それ以上です。艦長。動力中継機が酷くダメージを受けていて、直接
回路も焼き切れています。機関室員が総出で作業に当たっていますが、人手が足り
ません。私も、センサーを修理しようとしていますが、当初考えていたより、ダメ
ージは酷いものです。」

「可能な限り早く、センサーが必要なんだ! 以上だ!」
キラはコンソールをバタンと閉めた.
「あのクソ女、何処で、こんな事が出来たんだ?」

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[ロミュラン戦艦エヴァシュ・機関室]

ドアを入ると、美星はパネルやモニターで一杯の部屋にいる自分を見出したのだった。
部屋の奥の壁では、一人のロミュラン人技術者がパネルを開いて中を調べていた。

「あの....すみません?」
美星は言った。

ロミュラン人技術者は頭を上げ、ギョッとした。
「何だ....お前は誰だ?ここで何をしているんだ!?」

美星は後ずさりし、言った。
「ここ、トイレじゃないんですねぇ?」

「何だと?」
ロミュラン人技術者はインターコムに走った。
「保安警報! 機関室に侵入者!」

「そんな事、必要有りませんわ。貴方がトイレの方向を教えてくれて、見
つかると思ったもんだから。」
美星は溜息を付いた。
「ねえ、歩き回ったから、疲れているのよ。」
すると、美星は自分の後ろのコンソールに、もたれかかった。

「お前、何をしているんだ?」
ロミュラン人技術者は、彼女の前に突進しながら、悲鳴を上げた。
「それに触るな....」

突然、美星やロミュラン人クルーの足をよろめかせながら、部屋全体が下
の方に傾いた。
下に落ちる、と思われたが、美星は自分が床の上をフワフワ浮いている事
に気がついた。

「お前、重力制御を切ったな!」
ロミュラン人技術者は、壁をつたって美星に突進しながら、叫んだ。

「おや、まあ! 本当にごめんなさい!」
美星は手と足を動かしながら、宙を泳ぐ様な感じで動き、喋りたてた。
「こうしよう、とした訳じゃないのよ。正直言って、これは事故なの。」
美星は自分が座っている横にパネルが有るのを見て、笑った。
「ここ、私が見て見るわ。直せるかも知れないから。」
そう言うと、手を伸ばし、コンソールを操作した。

それを見た、ロミュラン人技術者は目を大きく見開き、叫んだ。
「止めろーっ!」

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[場所:エンタープライズ号・ブリッジ]

「艦長!」
ウォーフが報告した。
「エヴァシュに何か起きています。」

「何?スクリーンオン。」
ピカードは命令した。
メインスクリーンにエヴァシュが映し出された。

ライカーは飛び上がって、立ち上がった。
「一体、何だ?」
エヴァシュは船首を立てて、ゆっくりと回転を始めており、左側のワープナセル
が光ったり、暗くなったりしていた。
「データ、どうしたんだ?」

データはコンソールをチェックした。
「エヴァシュのシールドは機能を停止しています。人工重力制御に付いても同様
です。航行システムもオフラインです。」

「一体、何が起こっているんだ?」
ライカーはデータの脇に歩み寄りながら、尋ねた。

「不明です。」
データは答えた。

ピカードはウォーフの方向を振り向いた。
「エヴァシュに通信を繋げ。」

「分かりました。艦長。」
ウォーフは言葉を止め、ディスプレイをチェックした。
「応答ありません。」

「続けろ。」
ピカードは命令し、ターボリフトの近くに立っているヴィバリーと砂沙美の方向
を振り向いた。
「ヴィバリー、君は、砂沙美を連れて医務室に戻った方が良い様だな。」

砂沙美は頭を振った。
「私、ここに居たい。おじさん達が美星さんを見つけてくれる迄は。」

ヴィバリーは膝をついて、言った。
「砂沙美、それは良くないわ。」

「私、ここに居る。」
砂沙美はしっかりと言った。

「艦長。」
データが話に割り込んだ。
「美星の位置が特定出来ました。」
データはピカードを見つめた。
「エヴァシュの艦内です。」

「彼女、どうやって乗り込んだんだ?」
ライカーが尋ねた。

「そんな事は後でもいい。」
ピカードは言った。
「まずは、彼女をこちらに連れ戻そうじゃないか。」

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[場所:ロミュラン戦艦エヴァシュ・機関室]

「機関室!」
キラ艦長の声が部屋中に響いた。
「報告しろ!どうしたんだ!」

機関主任は天井の近くを浮いていた。
「重力制御がダメージを受けました。姿勢制御も同様です。その上、ワープ
コアがオフラインです。」
彼は美星をチラッと眺めた。
「侵入者は、我々を無力化してしまいました。艦長。」

「ごめんなさい、って、私、言ったじゃない!」
美星は、トンボ返りをしながら、叫んだ。
「貴方、これ以上、何を望んでいるの?」

「お前の頭に棒を突き刺してやろうか!」
技術者は言葉を吐き捨てた。
「それとも、反応炉に叩き込んでやろうか!」

「それって、とても失礼よ。」
美星はふくれ面をした。
「私のせいじゃ無いわ。」

キラの声が再び叫んだ。
「重力制御を修理するのに、必要な時間は?」

「まだ、ダメージの程度が分かっていません。艦長。」
彼は答えた。
「既に、ダメージを受けたシステムの修理で休みを取らずにいました。」
彼は萎縮した視線で美星を見た。
「この事態が起こった時には、それらのシステムはあと数分で回復する筈
でした。」

美星は床から飛び上がり、手を振った。
「すみませーん。」

「言い訳は十分だ。」
キラは言葉を返した。
「仕事に戻ってくれれば良い。」

技術者は溜息をついた。
「ただちに。艦長。」

「すみませーん?」
美星は大声で繰り返した。
「どうぞ?」

不機嫌な顔をしながら、技術者は怒った声で言った。
「お前、今、何が望みだ?」

美星は赤面して言った。
「私....その....出て行くべきですね。」

「お前が引き起こした、ダメージを見てみろ!」
技術者は分極装置を振り回しながら、叫んだ。
「保安部員がここに来るまで、どこにも行くな!」

「貴方、分かって無いのねぇ。」
美星はクスクスと笑った。
「私、出て行っちゃ駄目。それとも、出て行っても良いの。」

「お前、何を言っているんだ?」

「私、トイレを使いたいの。」
美星は赤面しながら言った。
「こうして浮いているのは....さて....つまり、その....」
彼女は不愉快になる様に、場所を変えた。
「私、本当にトイレを使いたいの。」

「お前、私をからかっているな。」
技術者はしかめ面をした。
「お前、どんな種類の工作員なんだ?」

美星は目をパチクリとさせた。
「工....なあに?」

「もういい。」
彼は壁のドアの前で、手を振った。
「それで終わりだ。」

「それで?まあ、本当に有難う!私。この事を本当に感謝していますわ!」
彼女は手を伸ばし、壁に沿って動いて行った。
不意に、彼女は上の方に行き、足場をよじ上ると、手が覆いの付いたボタン
のパネルに触れ、大きな赤いハンドルを握った。

技術者は顔が蒼ざめた。
「お前、何を....止めろーっ!」

<第7章終わり>